●side Sui
「少し遅くなってしまいましたね…」
空がオレンジ色に染まり始めた時分、一人の少女が焦った様にパタパタと家路を急いでいる。
この通りはガラの悪い若者が多いことで知られていて、少女も両親から極力この通りを通らないように、通る場合は決して立ち止まらないように教えられていた。そのため、いつもは別の道を使っているのだが……今日は下校時間が遅くなってしまったこともあり、近道であるこの道を通っていた。
この少女、流行とはかけ離れたドレスのようなワンピースを纏っており、本人の意思とは無関係に明らかに悪目立ちしていた。自覚の無い少女は、路地の横道から数人の男達に見られていることに、まるで気が付いていないようだ。
通りを駆け抜けようとした、その時、視界に小さなダンボールの中の子猫が映った。止まってはいけないという親の言いつけも忘れ、足を止め身をかがめる。
ダンボールには『どなたか育ててあげて下さい』と書かれている。どうやら捨てられてしまった猫のようだ。そっと抱き上げたその子は、まだ生まれたばかりらしく、とても小さく、弱っているのか小さく震えていた。
「捨て猫…ですね……。猫ちゃん…大丈夫でしょうか…こんなに震えて……」
元々猫好きであった少女は、哀れに思い、家に連れて帰ろうとしっかりと抱きなおす。
「もう大丈夫ですからね」
立ち上がろうとした、その時、ふっと周りが暗くなり、頭上から声がした。
「よぉ、一人でこんなところでどうしたんだい?そんなモノより、俺達と遊ぼうぜ!」
見上げると、いかにもガラの悪い若者が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ自分を見下ろしていた。
(いけない…お父さんに言われていたのに……)
自分の行動を悔やんでももう遅い。どうにか逃げないとと、這い出そうとすると
「おい、逃げるなよ」
後ろに居たらしい2人が道をふさぐ。
(ど…どうしよう…どうしたらいいの……?助けて…お父さん…お母さん……!)
ただ、怖くて、声を上げることすら出来ずに子猫を抱きしめ震えるしかなかった。
●side Rokuto
時を同じくして、赤髪の目立つ少年が通りにやってきていた。
「ここか、喧嘩が強いやつが居るって言う通りは」
物騒なことをつぶやき、ワクワクとした様子で辺りを見回している。
この少年、腕試しのために喧嘩に強い人を探して歩いているらしい。ところが辿り着いた時、通りはパッと見、平和そのもので、そいつが何処に居るのかまるで分からなかった。まぁ、そもそも、四六時中喧嘩が起こっているはずも無いのだが……。
(ガセだったのか?いや、まだあきらめるのは早い!)
自分の喧嘩センサーに自信を持っている彼は、諦め切れず裏路地を覗いて歩いていた。そのとき、道向こうに周りの人とは何かが違う、あまりに目立つ少女を見つけた。胸騒ぎとは少し違う何か不思議な感じがして、気が付くと彼女を目で追っている。
(あれだけ目立つと、絡まれるだろうにな。……ん?何してるんだ?)
突然、立ち止まりしゃがみ込んだ少女の行動を不思議に思って立ち止まり見ていると、その背後に見るからにガラの悪い男が3人、下品な笑みを浮かべて彼女に近づいて行くのに気が付いた。これは、放っておけない、そして、喧嘩のにおいがする、と、走り出した。
●side W
逃げ道をふさがれ身動きが取れない。
「さぁ、こっちに来いよ!イイトコロに連れて行ってやるよ」
声をかけてきた男に無理やりに腕を引っ張られ、抱いていた子猫が落ちてしまった。
「あっ!猫ちゃん!」
慌てて手を伸ばし抱き上げようとした、その時、道をふさいでいた男が子猫をつまみ上げる。
「なんだ、汚ねぇ猫だな…こんなの放っておいて、遊ぼうぜ」
猫を持っていない手で腰に手を回してきた。
「お願い、言うことを聞きますから、猫ちゃんは返して下さい!弱っているんです!」
震えながら懇願する。が、それが逆に良くなかったらしい。見る見るうちに男の表情が険しくなる。
「けっ!お涙頂戴は嫌いなんだよ!」
その男が道路に猫を叩きつけようと掴んだ腕を振り上げた。
「やめ…」
思わず目を閉じしゃがみ込んだ直後、
「やめろーーーー!!!!!」
「ぐわぁっ!?」
突然男の人の叫び声とうめき声が響く。
--どれくらいの時間が経ったのか…恐る恐る目を開き見上げると、子猫を優しく抱いている赤い髪の少年が立っていて、猫を掴んでいた男は、路上に倒れていた。
「間に合ったな」
少年は優しく猫を一撫でして少女の方へ振り返りその猫を渡し、少し離れるように言った。言われるままに後ずさる。目の前では喧嘩が繰り広げられている。普段だったら、目をそむけてしまう様な光景だ。ところが、今は彼から目を離すことが出来ないでいる。
(喧嘩なんて野蛮だ、と、お父さんが仰っていたけれど……)
猫と自分の為にこんな風に戦ってくれている人が野蛮だとは思えないでいた。
(なにより…あの、猫ちゃんに向けた優しい笑顔…あんなに素敵な表情をする人が悪い人のはず無いです……)
三対一で絶対的に不利だと思われていた少年は、軽い身のこなしであっという間に男達を倒していく。
「くそっ!ふざけんなよ!」
自分より小さな少年にやられっぱなしでプライドを傷つけられたのか、男がナイフを取り出し、いきり立って、少年に襲い掛かる。
「いやーーーっ!!!!」
少女は恐ろしくなって猫を抱きしめ目を閉じる。
「丸腰の相手にナイフか。所詮チンピラだなぁ」
がっかりしたような声がしたと思うと同時に、ドサっと男が路上に倒れた。男の声が消え、人が動く気配も消え、辺りを静寂がつつむ。
恐々と目を開けると、
「ふぅ、大した事無かったなー。さて、帰るか」
と、少年が荷物を持ち立ち去ろうとしていた。
「あ、待ってください!」
「えっ!?」
お礼を言わなくちゃと、少女は慌てて少年の腕を掴む。すっかり油断していたのか少年は派手に尻餅をついて、カバンを落とした。
「ご、ごめんなさいっ!」
道路に散らばったカバンの中身を急いで拾い集めていると、学生手帳が目に付いた。手に取り書かれている文字を読む。
「武蔵坂学園…中学2年…在原陸都……先輩…?」
「おう」
(武蔵坂学園…何処にあるのでしょうか……)
生徒手帳を凝視しつつ、そんなことを考えていると、不審に思ったのか陸都が訝しげな表情で覗き込んでいる。はっと我に返り、慌てて手帳を渡し勢いよく頭を下げた。
「あ、ごめんなさい。…あの、本当にありがとうございました」
少女に抱かれている子猫も、言葉が分かっているかのように、それに合わせて『にゃー』と鳴き声をあげた。
「気にするなって!でも、気をつけろよ。あんた、ある意味凄く目立ってたからな」
子猫を優しく撫でながらカバンを持ち直す。
「はい…」
そう答えつつも、猫に向ける笑顔がとても優しくて、目を奪われる。そして、胸が高鳴っているのを感じていた。それは、今までに体験したことの無い気持ちで……。
「じゃあな」
そんな気持ちを知る由も無く、手をひらひらさせて陸都は帰っていく。
「あ……」
少女は、何も言えず、ただその姿をずっと見つめていた。
(あの人と…もっと一緒に居たいです……。武蔵坂学園……私も……)
「あっ!時間!!」
我に返った少女の叫びが通りに響いた。
to be continue…
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